我が家のテレビゲームデビューは遅く、世間から取り残された経緯がある。
「ファミコン」が来たのは、「スーパーファミコン」が世間で、もてはやされていた時期だから、かなり遅い。
保障書によれば、1995年8月28日になっているが、記憶と合わないなあ・・・・(13年前?)
私の記憶では、1989年?長男が12歳の時、世間では、子供達がファミコンのし過ぎで、眼精疲労と、睡眠不足で学校での勉強についていけない子供が多発し、問題になっていた。
子供同士、外で遊ばなくなり、家に上がってテレビゲームに興じ、迷惑ということが問題になっていて、小学校のクラス懇談会でも取り上げられる課題だった。
我が家では、どうして世間より取り残されたか?
長男が8歳の時、どうしてもほしいということで、大手電機店に行き、店員さんに
「ファミコンありますか?」と尋ねると
「売り切れで、ありません」という返事だった。
仕方がないので、家に帰り
「ファミコン売ってないから、将棋を教えるよ」ということで、ナカバヤシふえるアルバムのセロファンの間に将棋の升を印刷してある紙を挟み、それで駒の動かし方を教えた。
ちょうど、記憶脳が発達していた時期と合い、めきめき上達、すぐに私の力では及ばなくなってしまった。
話が本題から外れてしまいましたが、4年後、スーパーファミコンに流行が移ると、ファミコンを買う人が減り、手に入るようになった。
その時買った物はすでに壊れ、今、使っている物は2代目、二男の友達から譲ってもらった物だ。多分1995年のゴム印が押されている保証書のものに違いない。
ファミコンのゲームは「スーパーマリオ」「ヨッシーのクッキー」「ヨッシーのたまご?」など試してみたが、今、夢中の「ワリオの森」が私には一番合ってるように思う。
このゲーム、一度は全部クリアしたのだが、その後、ゲーム数がなぜか増え続け、先日114までクリアし、115でゲームオーバーになってしまった。
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